XFCEは良い。しかし時代遅れだ。
現在のバージョンは4.20だが、インターフェイスはほとんど20年前と同じままだ。
いわゆるUnix哲学は、システムプログラミングの層にだけ適用できるもので、OSカーネルの上にあるグラフィカル環境の指針としては向いていないのかもしれない。
暴論:XFCEは、他のデスクトップが正常に使えない時の控えでしかありえない。GPUアクセラレーションがない状況でもうまく動くからであって、そうでなければこのデスクトップはとっくに時代遅れだ。可能ならKDEかGNOMEデスクトップを使うべきだ。この二つ以外のデスクトップを勧めるユーザーについて、私はいつも、ユーザーをユーザーとして見ておらず、誰もがkernel hackerだと思い込んでいる開発者か、そうでなければboomer精神で年功序列を振りかざしているだけだと思っている。
反Systemdで、Linuxは「Unix哲学」を堅持すべきだと騒ぐ連中にFreeBSDシステムを使わせれば、彼らはすぐ黙る。なにせグラフィックカードドライバーでさえ問題が起きやすい環境では、ネットに繋いで文句を言うことすらできないからだ。では、この壁を越えられる人たちは?彼らは黙々とシステムを使うようになる。
シンプルさを追求するためにBSDシステムを使うとしても、デスクトップ環境がLinuxの影響を受けているという問題には向き合うことになる。
BSDがLinuxに勝る強みは、システムが完全な一つの全体として設計されており、システムソフトウェアとサードパーティソフトウェアがよく隔離されていることにある。FreeBSDのシステム設定ファイルとユーザー設定ファイルは分けて置かれ、一つは/etc、もう一つは/etc/usr/local/だ。そしてFreeBSDのinitは昔から今まで変わっていない。
こうした伝統的価値へのこだわりは、当然FreeBSDの主流デスクトップ選択にも影響している。2022年の投票:Preferred DE of the FreeBSD usersによると、主流デスクトップはKDE Plasma以外ではXFCEだ。GNOMEはここでは上位に入らない。
人によってはXFCEで十分楽しく使えるかもしれない。確かにそれほどLinuxの最新技術に依存していないため、Unix-likeシステム間で汎用的に使える。Linuxコミュニティにも、XFCEを好む人はまだ多い。
しかし昔の時代を経験していないユーザーにとって、XFCEは見た目が非常に醜く、時代遅れに映る。Mate、Cinnamon、LXDEも大して良くない。GNOME 40以降の設計は逆に急進的すぎて、モバイルデバイスに多く触れているzoomerだけが好みそうな感じがする。
こうしたデスクトップがどれも嫌なら、WMを使う?それはそもそもデスクトップとは呼べない。現代人が堕落したと言うつもりか、boomer?本当にWMを使い続けられる人などいない。ブラウザーでネットを見るだけだとしてもだ。デスクトップ機能があれこれ欠けていて、独立した小物ツールを山ほど入れて補う。最後には結局、車輪の再発明をするだけではないか?
唯一のX11デスクトップの大黒柱で、見た目がモダンでありながら伝統的なデスクトップの多機能性も維持するものとなれば、やはりKDE Plasma 6だ。BSDを入れるのはシンプルなシステムを追求するためではないのか、KDEのような大きなデスクトップ一式を入れるのは哲学に反するのでは、と疑問に思う人もいるかもしれない。私は、一部の人のKISSへの執着はすでに病的な段階に達していると思う。彼らはいつも現代のデスクトップを「肥大化している」と批判するが、現代のデスクトップはとっくにそんな単純な部品の集合ではなくなっている。良いユーザー体験を提供するために多くのサービスを走らせる必要があるのだ。さまざまなディスプレイパラメーターの変化に対応し、ユーザーに手動でxorg.confを書かせないようにするには、複雑さの増加は避けられない。それが嫌ならttyを使えばいい。
要するに、デスクトップのグラフィカル環境をどう設計すべきかを開発者の視点から見るべきではなく、もっと一般ユーザーに関心を向けるべきだ、ということだ。


